9月17日放送の世界まる見え!テレビ特捜部ではアメリカのマサチューセッツ州、ボストンにあったセイラム村で行われた魔女裁判を特集!
恐ろしい魔女狩りは実は子ども達の悪ふざけだった?
セイラム村で行われた魔女裁判
セイラム村
1692年、まだアメリカがイギリスの植民地だった時代、現在のマサチューセッツ州ボストンにあたるセイラム村では魔女狩りの嵐が吹き荒れていました。
このセイラム村に住んでいたのはイギリスからやってきたピューリタンの人々、この付近にはアメリカ先住民が¥も住んでいて、襲撃に対しての不安や恐怖で閉鎖的な生活をしていたそうです。
敬虔なキリスト教徒にとって娯楽とは悪魔の誘惑、子ども達の遊びすら恥ずべき行為として許されませんでした。
しかし子供たちは好奇心旺盛、水を使ったグラスに卵の白身を入れて形によって未来の旦那様のタイプなどを占う「ヴィ-ナスグラス」という遊びがこっそり流行っていたそうです。
少女たちの奇声
ある日村の牧師であるパリスの家で、娘とその従妹が奇声を上げて騒ぎ出しました。
原因がわからないパリスは医師を呼び診断、その診断結果はどんな薬でも治らない、悪魔に憑りつかれているという恐ろしいものでした。
もしも悪魔が原因なら手引きした魔女がいるはずとの事で少女を問いつめた所、カリブ海出身の奴隷女性「ティチュバ」の名前が挙がりました。
少女たちは親の目を盗んでカリブ海に伝わる怪談などを聞かせてもらっていましたが、それは神の教えに背く行為。
神の教えに背いた罪悪感とバレるかもしれない恐怖で、奴隷という弱い立場のティチュバに罪を押し付けたのではないかと考えれれています。
ティチュバの告発
奇声を発した原因と考えられるのがまず「集団ヒステリー」、閉鎖社会と神への忠誠が少女たちの精神を追い込んだのではないかという事。
他にもライ麦につく幻覚物質の影響なども考えられますが、いずれにせよティチュバには魔女の疑いがかかってしまいました。
そんな追い込まれたティチュバは自分の他にも魔女はいると恐ろしい告発をします。
こうして村の中は疑心暗鬼状態になり、村のあちこちで「あの人は魔女なんじゃないか?」などという無責任な噂が飛び交う事になりました。
村一番の善人「レベッカ・ナース」
そうした無責任な噂の対象になってしまったのが、村一番の善人とも呼ばれていた「レベッカ・ナース」。
当時は魔女として告発する場合は魔術を見たと言う目撃証言だけで大丈夫、実際に魔術を使う所を見なくてもいくらでも告発が可能でした。
裁判では魔女かどうかを見極めるテストとして「主の祈り」が行われました、神への祈りの言葉が少しでもよどんでしまうと魔女と判断されてしまいました。
また、アザやほくろに針を刺して、血が出なかったり痛がらない場合も魔女とされてしまったようです。
最後まで自分は魔女ではないと主張した「レベッカ・ナース」はついに処刑台へ向かう事になりました。
魔女だと認めれば処刑は回避できたかも知れませんが、敬虔なクリスチャンであるレベッカにとってそれは神にウソをつく事になるので絶対に出来なかったのではないかと考えられています。
魔女狩りの結末
その後州知事にとって禁止となった魔女狩りですが、結果として約200人が投獄され、そのうち19人が処刑されるという悲しい結果になってしまいました。
一説によるとこの魔女狩りの発端はすべて「少女たちの悪ふざけ」、自分たちのいう事を鵜呑みにする大人たちの様子が面白くて村の人々を次々に魔女にしていったのではないかという事です。
魔女狩りの舞台となったセイラム村周辺は現在、魔女の町として観光名所になっています。
専門家によると、自分達と違うものを迫害して吊るし上げるという行為は当時と変わらず、現在になっても行われているのではないか?という事でした。
感想&まとめ
17世紀当時は原因不明な事があると、すぐに悪魔のせいにされてしまうと言う恐ろしい時代。
そんな風潮に少女たちの悪ふざけが重なり、魔女狩りという恐ろしい事があったのではないかという事でした。
確かに周りの根も葉もない噂に追い込まれると言うのは現代でも行われている行為ですね、科学技術が進んでも人間の本質的な所は変わらないのかも知れませんね。
荒俣宏の裏・世界遺産2 イギリス魔界紀行 ――妖精と魔女の故郷へ (角川文庫)